笛吹きたち会員

「二つのシャーロック・ホームズ秘話」の続き


 

 このページは笛吹きたち第41号の「二つのシャーロック・ホームズ秘話」の続きの文章です。


前承

 私は世を欺いた罪人(つみびと)です。きっと閻魔さまから「おまえは地獄行きだ」と判決を受けることでしょう。でも一人だけ許してくれる人がいると思っています。それはこの曲を書いた作曲家です。
あるいはこの文章を読んで下さる皆様も許して下さることを期待はしているのですが・・・
 
 今年は世の中を欺くことで一年が始まりました。真っ赤な嘘で始まったのです。


 上記は皆様にお送りした今年の年賀状です。
 以下の赤字部分にご注目ください。

求む、シャーロック・ホームズ!!!
昨年の10月にドイツのユルツェン市(クーラウの生まれた町)において第14回インターナショナル・クーラウ・フルートコンクールが行われました(これは本当です)。ちょうどその時「蚤の市」が開かれていて(蚤の市などありません。ただし曜日によって路上に市場が開かれます。野菜、肉類、お花、食料品など、ですから半分嘘)そこで古楽譜を見つけました(楽譜などは売っていません。これは嘘)。明らかに19世紀初頭の銅版印刷でパート譜とピアノ譜は別々に印刷されていました(嘘の上塗り)。しかし、出版社も作曲家もどこにも書かれていないものでした(嘘の上塗りの上塗り)。この楽譜のメロディーはとても美しく心を打つものがあり(これは本当です)、それ以来私の頭の中で四六時中鳴っているのですが(ちょっとオーバーです)、その出典が不明で日夜思い悩んで仕事が手につきません(世の中を欺いたことで悔恨の念に堪えなかったことは事実です)。どなたかご存知の方はお教え頂きたいのですが------。下にその楽譜の一部をご紹介します。楽譜は現代版に書き直しています。お判りになりましたらメールでお知らせください。 勿論、御礼を用意しています(正解者に合わせたものをその都度考えることにしていました)。
メール:kuhlau00@xa2.so-net.ne.jp

 結論からお話しいたしましょう。

 この曲はそもそもピアノ曲です。


 クーラウ作曲
 ピアノソナタ作品46第3番第2楽章 

 1822年作曲/1823年出版
 

 です。びっくりされましたか?それでは先をお読みください。

 私がこの曲を初めて聴いたときにその美しさに驚かされました。ぜひこのメロディをみんなに知ってもらいたいと言うのが私を過った道に踏み込ませたそもそもの要因なのです。そこで私はフルートで吹けるようにピアノの伴奏で編曲しました。昨年の12月の初めの頃でした。そしてレッスンでこの曲を作曲者不詳としてお弟子さんの課題曲にして渡しました。たまには作曲者が分からない曲をやってみてそこから何か考える力が生まれれば良いなという「教育的配慮」がそもそもの発端です。ですから靑山のお弟子さんの多くはこの曲を演奏することになりました。この時点では年賀状にまで発展するとは思ってもいなかったのです。
 この曲は今年3月11日の清水の講習会の修了コンサートにも登場しました。曲決めは1月でしたから作曲者不詳とせざるを得ませんでした。ですから清水でも大勢の人をだましたことになります。
 こんなことを言うと怒られるかも知れませんが、これを演奏したお弟子さんは一様に「美しい曲ですね」と言ってくれました。私は内心済まないと思いながらも教育的配慮から「いつ頃作曲された曲だと思いますか」と聞くことにしていました。
「バロックではないと思います」
「19世紀の前半?」
「19世紀の後半?」
「20世紀の初頭」
「ロマン派」
「わかんな〜い」
  など様々でした。

 ある時お弟子さんの一人に「ユルツェンで買ったその譜面を見せてください」と言われたときはドキリとしました。ここでまだ白状するわけにもいきませんから「今、人に貸してあるので今度みせてあげるね」といってその場を切り抜けましたが、本当に申し訳ない気持ちでいっぱいでした。心当たりのある人ごめんね。永久に貸してあげることが出来ないのですよ。

 実は靑山の殆どのお弟子さんに渡したものと思ってたのですが、最近になってまだやっていない人が見つかりました。そこで初見で演奏してもらったところすっかり気に入って、「この曲を今度の発表会で演奏したい」と言い出したのです。私も嬉しかったのですが、まだ本当の事を打ち明ける時でなかったので「いいよ、でも初演ではないよ。清水の発表会で吹いた人がいるんだからね」と言いました。「そんなことは問題ではありません。とても美しい曲だし、なんだか昔を思い出すような、なつかしいという感じがします」。「そう、そんならいいよ。発表会の曲を決めた一番乗りだね。じゃあ、当日はいい演奏してね。」。「はい」・・・といういやりとりがありました。さて、この曲を吹く人は一体だれでしょう?

 しかし、そうこうしている間に私はある快感を覚えるようになってしまったのです。そうです。人をだますことにです。世の中には詐欺師と呼ばれる人がいます。詐欺師とは「ある役割を演じ他人にその人格、職業を信じ込ませ、信頼関係や信仰心、恐怖心や権威等で被害者を洗脳または精神的に縛ることにより疑う余地を与えず、心理的な駆け引きにより金品を騙し取る者」です。詐欺師というのは自分が仕掛けた嘘を相手にまんまと信じ込ませ、嘘に嘘の上塗りをしていく内に相手がますますその手中に落ちる様を見て、自らの手際に自己満足を覚える境地があるのではないか、人をだますことに快感を覚えるというのはこのような詐欺師の気持ちと同じことではないか。・・・怖いことです。
 でも私の場合は「金品を騙し取る」という意志は無かったことはご理解いただけると思っています。逆に正解者にはプレゼントをあげるつもりでしたから。・・・私の場合は単に「嘘つき」の心理かも知れません。しかし病的な虚言症までにはなっていないはずです。なぜなら嘘をついている自覚が常にあったからです。
 エイプリル・フールはそんな人間の隠れた本能?をくすぐる機会ともなっているのかなあ、などと思ったりもしました。

 「もう、先生なんて信じられません!」と言われそうですね。でも、もう少し先をお読みください。

 クライスラーには「〜(作曲家)の様式による〜(曲名)」と命名してまるで他人が作曲したように見せかけた作品があります。批評家はこれに対して大いに怒ったそうです。皆様はヴァイオリンの名曲「べートーヴェンの主題によるロンディーノ」をご存知でしょう。クライスラーは茶目っ気のある人で、こう命名すれば聴衆や批評家は「べートーヴェンのオリジナルとは何か?」と捜すだろうと考えたそうです。ところがこれに該当する曲はどこを捜してもべートーヴェンにはないのです。世を欺いた命名です。この曲は作品自体も粋で愛らしいものですが、有名になった背景にはそんなことも一役買ったのかも知れません。

 私はクライスラーの前例を真似をした訳でないのですが、しかし笛吹きたちの発刊までは嘘を押し通して、その時に打ち明ければ皆様に許していただけるのではないかと考えることにしていました。一つは名前にとらわれないで本質を見極めてほしいという教育的配慮です。もう一つはクーラウに対して世の中の注目を集めたいという気持ちが働いたことです。

 この曲は誰も知らないと言う訳ではないのです。すでに市販されているCDで世の中に出ているのです。

 

Klavermusik Kuhlau Piano Works vol.1 - Thomas Trondhjem
Variationer for klaver over Det var en lørdag aften, f-mol, opus 22
Variationer for klaver over Manden med glas i hånd, C-dur, opus 14
Variationer for klaver over God dag, Rasmus Jansen med din kofte, a-mol, opus 15
Sonate for klaver, G-dur, opus 34
Sonate for klaver,G-dur, opus 46:1
Sonate for klaver, d-mol, opus 46:2
Sonate for klaver, C-dur, opus 46:3
Thomas Trondhjem, klaver. Indspillet 1991-92
Plademærke og -nummer: Rondo RCD 8341

 

 楽譜が絶版になっているとは言え、この曲が「笛吹きたち」の発刊日までだれも正解者がなかったことは大変残念なことでした。何故ならこの曲はクーラウ協会のホームページでも去年の7月14日にアップしてから現在もずっと掲載されているのですから!!!。そこでは音も聴けるようになっています。聴いてくれている人がいないのかと、とても淋しい気持ちになりました。

 本当に淋しいことでした。

 この原曲はIFKSサイトの下のURLに掲載されています。カーソルを下にさげると第2楽章が現れます。
 http://www.kuhlau.gr.jp/e/e_about_kuhlau/ee_reading_and_hearing/op_46_3.html

 誰も正解者がいないと言いましたが、ただ一人だけ正解を答えてくれた人がいました。「シャーロック・ホームズ秘話・その1」で正解を答えたゴルム・ブスク氏です。
 年賀状を出したあと、正解者がなかなか現れないので2月6日に私は年賀状を翻訳して楽譜(フルートとピアノが一緒になっているもの)をブスク氏に送ったのです。彼は「なんでそんなことを聞くのか、分かりきったことじゃないか」と言って正解を言ってきました。当たり前と言っては当たり前のことです。なぜなら今、我々(ブスク氏と私)はこの曲を含めてクーラウのピアノソナタのことで毎日のようにメールで検討し合っているのですから。

 今年秋にクーラウの「ピアノソナタ曲集」全4巻をインターナショナル・フリードリヒ・クーラウ協会編集、ハンナ社出版(月刊誌「ショパン」を出している出版社)で世の中に出ます。この中にこの曲が含まれています。校訂者はブスク/石原で現在編集中です。
 なをこの曲はIFKS定期演奏会「知られざる珠玉のピアノソナタ」
 第22回 2012年10月30日(火)第1夜 19:00〜
 第23回 2012年11月26日(月)第2夜 19:00〜 
 いずれも杉並公会堂小ホールで演奏されます。

 最後にもう一度「Andanntino grazioso」 別名「Wanted Sherlock Holms」をお聴きください。

Wanted Sherlock Holmsを見て聴いてみる


 この楽譜がほしい方は上記のページの楽譜の下にダウンロードのボタンがあります。そこをクリックするとあなたのパソコンにこの曲がpdfファイルでダウンロードされます。ピアノ伴奏譜、フルートパートの両方があります。どうぞ、楽しんでください。 

 ああ、約五ヶ月に亘って嘘を言い続け世間を欺いた私。今日から嘘、偽りのないすがすがしい日を迎えることができそうです。「嘘つき」の快感よりも「真実」の快感の方がずっと良いものでしょうから。(おわり)
4月30日・記


追記:
「シャーロック・ホームズ秘話・その1」の「3曲のロマンス」を見たい方はここをクリックして下さい。
 楽譜のダウンロードも出来ます。